コンテストに応募してから・・・
ずっと忘れ物をしたようなモヤモヤした気持ち
これはどこから来るのだろう~
結果が出るまで時々見なおしていて
だんだんはっきりしてきた・・・
。。。。。やり残し感。。。。。
仕方ないもう若くないし・・やっと少し勉強し始めたばかりなんだし・・
こんな言い訳めいた呟きばかりで納得させようとしていたけれど
ついに一昨日、デジブック春のコンテスト結果発表をむかえ
やっと入賞できホッとした反面、どんどん心が沈んでいく自分に
梅雨時の体調不良のせいにしていたけれど
やっぱり作品への消化不良だったと、やっと気づく。
いつも心が先で、頭がついて行かない私の長所でもあり欠点なのかも・・
昨日は写真仲間と都内の公園で撮影会
いつも 〆は 居酒屋で写真談義
愉快なおじ様たちに混じって紅一点で、写真とは、と熱弁を交わす
そもそも明治時代に「写真」って訳したのがいけない
「photograph」を直訳すると「光画」なのに
世界中、どこをみても真実を写す、なんて訳してる国はない。
アートなんだから、好きか嫌いか、だけでいい。
良い悪い・・・上手い下手・・・なんて論じてはいけない。
自己表現なんだから、感動を表現すればいいんだ、と I 先生。
それを表現するために知識は必要だけど
それに囚われていたら感動を表現できなくなる。
いまやシャッターを押せばだれでも撮ることはできる
そこから感動を伝える、って難しいなぁ~・・・
EOSのK先生が『写真って嘘つきだから』と、仰る意味も
リアリティからイマジネーションへ、って事なのかなぁ~・・・
かつて大昔、若かりし頃、現代詩講座で谷川俊太郎先生が
『どんな作品にも「いとおかし」がないと・・・」と、仰ったのを思い出す。
無謀にも若き甘栗は「悲しい別れの詩でもですか?」と質問してしまい
たしか先生は「そうです、お葬式の場面でも人は生きていく力を「いとおかし」に見出しているのだから」と言うようなアドバイスをいただき、さっぱり理解できなかった23歳頃の私。
写真家じゃなくてphotographerと言われたいと仰った先生が
写真に色っぽさや艶や感動が必要だと言われたことを思い出す。
写友が露出と言いながら両手で胸のふくらみをジェスチャーする姿も
アハハ~そうねいつものように笑って吹き飛ばそう。
眉間にしわを寄せて芸術を論じるのなんて百万年はやい、っつうの!
いえいえ昨夜は久しぶりにほろ酔い加減で楽しかったんですよ~
何はともあれ、自分におめでとう、を言おう!!
2012年 デジブック春のコンテスト 「Eye-Fi賞」受賞
『結いの里』 おわりは いつも はじまり
いつか落ち着いたら、じっくり編集しなおそうかな(^_-)-♪
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